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2021年4月5日  |  Column

写真展「なにものでもないものたちの名づけかた 」に寄せて

こんにちは、Setのデザイナー櫻田です。

 

4月から新卒で入社いたしました。社会人として、気持ちを切り替えて気合を入れていきたいと思います!

 

さて、そんな中3月は最後の学生生活、ひいては最後の春休みということで学割のうちに!と美術館を巡ったり映画館に行ったりしていました。お散歩と美術館巡りは以前から好きだったのですが、2020年は情勢もあってほとんど行けずじまいでした。今回は久しぶりにひとりでゆっくり美術館や展示を巡ったり雑貨を見たりと良い時間を過ごせた気がします。

 

その中で、東京・目黒区のMIDORI.so GALLERYで開催されていた写真家・小見山峻さんの個展『なにものでもないものたちの名づけかた』『my beautiful tokyo』がとても素敵だったので、紹介していきます。

 

 

『なにものでもないものたちの名づけかた』

 

 

 

 

『なにものでもないものたちの名づけかた』は「視る」という行為と「名前」に着目した展示会です。私たちが何かを「視る」ということは目に写ったものに無意識に名前を当てはめることによる確認であるとして、その「視認」することで生まれた写真たちから名前を奪う=認知できないように制作されました。

 

 

写真展でありながら、これは写真なのか?と思わされてしまう作品群。元はどんな写真なのだろうか、これってなんなんだろう、とずっと考えさせれてしまう不思議なビジュアル。後から知って驚いたのですが、デジタル加工・編集を一切行わずアナログ手法によって制作されているそうです。コンセプトの素晴らしさはもちろんなのですが、写真というかグラフィックというかビジュアル的にもかっこよくてわくわくしながら鑑賞しました。

 

 

 

写真を撮ることと、視ることと。

公式サイトより引用

 

 

 

 

展示の内容を聞いた時、写真を撮る人が「視る」ということに着目した展示を行うことに共感というか、なんかわかる気がするな、と思いました。

 

写真を撮るという行為は、ファインダーなりレンズを通して被写体を真剣に見るということだな、と思います。わたしも趣味で写真を撮るのですが、写真を撮ることでよく見知った友人でもこんな表情をするんだ、とか、何度も通った道でもこんな景色があったのか、と普段見過ごしていたものを改めて見つけることがよくあります。シャッターを切るときに目を瞑ってしまった写真はなんだか微妙だけれど、絶対にこれを捉えるんだと思いながら切った写真は納得できたりして、写真はちゃんと見ないと撮れないんだなと学んだ経験もあります。

 

だからこそ、写真を撮る人は被写体をよく見ているだろうな、と思うし、一方でそれを鑑賞する人はそこまで真剣に見ているわけではなくてそのギャップは容易に想像できるわけです。

 

展示会を通してコンセプトには大いに共感しつつも、感じたことをこういう風に表現できる力に、展示のクオリティも含めて感銘を受けました。

 

 

 

名前と認識の話。

 

蛇足かもしれませんが、少し考えたこと。

 

「名前を認知する」でふと、ロミオとジュリエットのある一節を思い浮かべました。

 

 

What’s in a name? that which we call a Rose,

By any other name would smell as sweet.

(名前がなんだというの?薔薇と呼ばれるものはなんだって同じように香るわ)

 

 

これは「あぁ、ロミオ!あなたはどうしてロミオなの?」という有名な一節に続くセリフです。貴方はモンタギューではなくても貴方なのに…!というニュアンスですね。

 

名前が先にあるか、存在が先にあるかという命題があるけれど、それくらい認知において名前というのは重要です。でも一方で、名前に関わらず重要なのは本質だ、という考え方もあると思います。

 

では、『なにものでもないものたちの名づけかた』の作品たちはどうか?

 

彼ら=作品たちは意図的に名前を奪われてしまった存在です。存在はしているのに、名前がないから認知されてもらえないものたちと言えるでしょう。

 

 

ロミオはジュリエットにとって、たとえモンタギューという名前がなくなっても「ロミオ」という名前、ひいては彼という存在が残るでしょう。それは彼女が認知するときに彼に名前があったから、と言っても過言ではありません。

 

では、彼らは?あの作品たちには私が認知するための名前がありません。私は彼らを「名前のない何か」と認識するほかありません。または、彼らを認識するために自分で名前をつける必要があるのです。きっとこの写真展で提供される体験はそういうものなのだと思います。

 

言い換えれば『なにものでもないものたちの名づけかた』は「名前がなければ認識できない」というテーゼに見せかけて、「名前のないものすら認識できるようになるまで、それと向き合ってみたらどうだい」という呼びかけなのかもしれません。

 

 

さいごに。

 

新年度最初の投稿なのにデザインの話というよりは哲学な気がしてきました。

 

でもアートってこういうふうに考えるきっかけをくれて、感性の感覚を拡げてくれるので好きだなーと思います。今年もコロナには気をつけつつ、いろんなアートに触れていきたいなと思っているので、おすすめの展示会などあれば教えてください!